社会 レベル2: ちょい足し 教科書:歴史「江戸時代の学問」 第3話

日本地図を作った伊能忠敬、測量の旅に出たのは55歳

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和室の机に広げた古い日本地図を、伊能忠敬が指さし、ちゃむ太とゴンゾウがのぞきこんでいる

ちゃむ太:こんなに正確な日本地図を作った人って、若いころから地図ひとすじだったの?

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夜、帳簿とそろばんを置いた伊能忠敬が星空を見上げて目を輝かせ、ゴンゾウが星を指さしている

ゴンゾウ:違う!伊能忠敬は49歳まで家の仕事をしていたんだ!隠居してから天文学を学び始めたんだ!

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地球の大きさを思い浮かべながら、伊能忠敬が杖をついて海辺の道を歩き、ちゃむ太とゴンゾウがついていく

ゴンゾウ:地球の大きさを知りたくて、55歳で北海道まで測量の旅に出たんだ!

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日本列島の海岸線にそって赤い足あとがぐるっと続く地図を伊能忠敬が示し、ちゃむ太とゴンゾウが驚いている

ちゃむ太:17年で約4万km!? 地球1周分くらい歩いたってこと!?

もう一歩くわしく

伊能忠敬は1745年生まれ。17歳で佐原(今の千葉県香取市)の伊能家に婿入りし、家の仕事を切り盛りしました。49歳で家を息子にゆずって隠居すると、江戸で天文学を学び始めます。先生は、忠敬より19歳も年下の天文学者・高橋至時でした。

忠敬が知りたかったのは、地球の大きさです。緯度1度ぶんの長さがわかれば、そこから地球全体の大きさを計算できます。そのためには長い距離を正確に測る必要があり、55歳のとき、蝦夷地(今の北海道)への測量の旅に出ました。

測量は全部で10回、約17年におよび、歩いた距離は約4万kmといわれます。初めのころの費用は大半を忠敬が自分で出していましたが、成果が認められ、途中から幕府の事業になりました。

忠敬は1818年に亡くなり、地図の完成を見ることはできませんでした。弟子たちが作業を受けつぎ、1821年に『大日本沿海輿地全図』が完成します。

テストに出るポイント

伊能忠敬 →『大日本沿海輿地全図』

江戸時代後期、全国を測量して正確な日本地図を作った人物。地図は忠敬の死後、1821年に弟子たちの手で完成しました。

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出典・参考